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『トラピストビールとアベイビール』
明けましておめでとうございます! ベルギービールをたっぷり買い込んで、ベルギービール三昧の年末年始をお過ごしでしょうか。。。 今回はいよいよ、ベルギービールの真髄に迫る「トラピストビール」について。それにしても、銘柄名がセントXXXだったり、ラベルデザインにいかにも「修道院」を思わせるものが他にもたくさん。これらのソレラシイのにトラピストとは呼べないビールのほとんどは総称して「アベイビール」と呼ばれています。でも、トラピストもアベイも、英語の辞書で調べれば、「修道院」。何がなんだかちんぷんかんぷん・・・。今回はその謎にお応えしましょう。
ベルギービールのウンチク本やサイトを見ると、トラピストビールとは、『トラピスト会』あるいは『シトー会』の修道院が造るビールのことと書かれています。シトー会を英語かフランス語で探そうと思っても、うまく見つからないのはカタカナとは程遠いスペリングだから(注1)。なぜ、キリスト教の会派の違いがビールの名称のこだわりにつながるのか、ますますわからなくなっていませんか? ごく単純に解説すれば、『トラピストビール』という名称は、
国際トラピスト協会(注2)に許された銘柄(2008年11月現在、世界で7銘柄)だけに許されているもの。そのうち6銘柄(Achel, Chimay, Orval, Rochefort, Westmalle, Westvleteren)が我々の住むこの小さな国ベルギーにあり、2005年に改めて『トラピスト』を冠することが認められたLa Trappe(注3)もオランダとはいえベルギー国境からそう遠くないところで造られています。
で、その条件とは、1)ベネディクト会の中から、さらに労働と祈りを重視したトラピスト会(別名、厳律シトー会)の修道院の敷地内(あるいは隣接)醸造所で造られ、2)醸造所の経営が修道院の管理下にあり、3)ビールの収益が地域社会とその慈善事業などに還元されること。つまり、我々がビールを飲むために支払った代金の一部は寄付されるわけです。それから、トラピスト醸造所では、すべて修道士さんがビールを造っていると思っている方。これも間違え。修道院は地域社会への貢献を大切にし、地域での雇用提供にも一役買っているのです。そしてトラピスト(Authentic Trappist Product)という名称は登録されており、勝手に使うことはできないのです。つまり、私が突然「聖Michiko Trappist Beer」などと名づけたビールを出そうものなら、「注意」を促す弁護士名でのお手紙を頂戴する羽目になり、、、、国際トラピスト協会はかなりマジです。
それじゃあいったいアベイビールとはなんぞや。トラピストと呼べないものは皆アベイかということになって、「由緒正しい」アベイビール醸造元が猛反発。こうして、1999年、ベルギービール醸造家組合によってアベイビールの定義が成文化され、認証されたものだけがつけることのできる「アベイマーク」(注4) ができあがったわけです。さて、その定義ですが、すでに市場に存在したアベイビールをすべて含み、今後にも門戸を開く包括的な定義でなければならなかったため、トラピストほど簡潔明快ではありませぬ。強いて簡単に言うなれば、現存するか過去に存在した修道院(トラピスト会以外もOK)となんらかの関係があり、修道院にロイヤルティを払っているようなビールということになるかと。
そもそもなぜ戒律厳しき修道院がビール造りに携わったのかを数行で語るならば、、、、6世紀、聖ベネディクトが、祈りと労働を重んじた共同生活を提唱したのに起源を発します。長い歴史の中で宗教が体制・権力と癒着し、信仰そのものよりも、寄進だの、宗教芸術への偶像崇拝だのを重視するようになり、綱紀粛正を繰り返してきたのはいずこも同じ。キリスト教の世界では、トラピスト会、シトー会、さらには厳律シトー会というように、より純粋に祈りと労働を重んじる会派が出現し、労働の一環に醸造が位置づけられ、地元で採れる農産物をベースとして、煮沸し、保存することのできる飲料を造って自給自足し地域社会にも提供。ベルギーではそれがビール造りだったというわけ。少し話はそれますが、スペインやフランスではワインが、ポルトガルではポルトワインが、日本でも、クッキーとかバター飴がトラピスト会修道院で作られていますよね。日本人はどうも「アルコール=悪」というイメージが強いようで、修道院がビールを造るということ事態に違和感を覚える方が多いようですが、キリスト教では、ワインはキリストの聖血。煮沸・発酵させて長持ちするワインやビールは、中世に蔓延したおそろしい伝染病を媒介しない、命の水としても地域社会に貢献してきたのであります。
また、キリスト教では、「旅人はキリストである」として、旅人が戸口に現れたらもてなすのが良しとされるので、修道院では自給自足のために造られたビールやパン、チーズなどでもてなした。修道院によっては、自ら醸造することは辞めて地域の醸造所に委託したり、もともと地元の醸造所に自分達専用のレシピで作ってもらったりする修道院もあったわけ。街道筋にある修道院では、多くの旅人をもてなすうちに、ビールの旨さが人の口を伝って広く知られるようになっていった、、、のです。
以上がウンチクですが、そんなのどうでもいいから味! という御仁にも、トラピスト、アベイは期待を裏切りません。とにかく、ユニークで旨いのが多い! 本物トラピストの銘柄は、ベルギー滞在中に全部制覇すべし。できれば、地元に足を運んで、修道院の一番近くにある田舎のカフェで本物体験(注5) 。修道院とウン十年の付き合いの老成したウエーターの話なんかをつまみに、普通は外部に流通させない修道士用のアルコール度数の低い限定ビールを味わったり、トラピストビールやチーズを使った名物田舎料理を試したり、XX記念栓抜きだのなんだのガジットをゲットできてしまったり土産話に最適。その上、どこも、自然の真っ只中にあって、心を洗われるように美しいたたずまい。たとえばOrval。フランスとルクセンブルグ国境に程近い人里離れた深い森の中にひっそりと佇んでいるのですが、忽然と現れるその白い石造りの修道院を目の当たりにすると、12世紀以来の歴史をタイムスリップしたような感覚に襲われます。現在の修道院内は祈る目的か関係者しか入れませんが、何度も壊されては建て直されてきた旧修道院跡を訪ねて神聖な気分になってから、謹んで一杯。 Achelも、ベルギー中にこれ以上遠いところはあるまいと思わされるほどどこからもかけ離れた事実上オランダ国境上のような所にありますが、サイクリングがてらのフラマン人・オランダ人に混じって、カフェで意外と美味しい軽食をつまみ、キリスト教オブジェの店でお土産品を買って帰れば満足度100%。北海沿岸のDe Panneなどにミニ・ヴァカンスを計画するなら、070/21 00 45に根気良く電話をかけて、Westvleterenの販売日に予約を入れ、地元のおじいちゃん、おばあちゃんに混ざってありがたく1ケース調達してくるのも旅行者ではなかなか難しい現地人体験。醸造所のオーナーによる「死ぬ前に飲みたいもう一本」で圧倒的トップを誇ったのはWestmalle Tripel (注6)。修道院前のカフェはごく最近ピカピカの新装カフェに生まれ変わったようですが、これを飲まずには帰国させません! アベイビールにも名所を挙げれば枚挙に暇が。。。。アルデンヌ観光の最後にはMaredsous(発音できない? カタカナではマレツまたはマレッツでしょうか)へ。静かな森の中に突然現れる大駐車場と修道院境内に広がる大ビアガーデンは圧巻。古くから旅人の喉を潤した旨いビールをご堪能ください(注7) 。
絶対に門外漢を入れないと有名だったRochefortにも、近頃はごく稀に日本のカメラが。。。それにしても、修道院はあくまで祈りと労働を生活の中心とする厳格な場。もっとがんがん造って夜中まで営業すれば!なんていうのは世俗の話。原則として、一般見学は不可。地元のカフェの営業時期・時間もご注意。お勤めの一環としての醸造なのですから。。。。旨いビールに感謝、神に感謝。
<脚注>
注1:厳密にはOudo Cisterciensis、英語ではCistercian、仏語では Cistercien
注2:International Trappist Association http://www.trappist.be/ シトー派の14の修道院によって構成されている
注3:1999年、民間のBavaria醸造所の参画によってAuthentic Trappist Productのロゴ使用を否定されていたが、2005年以来その使用が改めて許された。http://www.whitebeertravels.co.uk/atp.html
注4:http://www.beerparadise.be/emc.asp?pageId=728
注5:ビールの銘柄名と修道院名は異なるので訪問する際は要注意。
注6:トラピストやアベイビールには、ダブル、トリプルなどと何段階かのシリーズになっているものが多い。通常、ダブルはダーク、トリプルは黄金色で、アルコール度数も高くなるが、2倍、3倍というわけではありません。もともとは麦芽の使用量に比例して付けられた呼称との説も。
注7:ぜひ夏の時期に。開園時間にも注意。さすがに修道院です。
(ベルギー日本人会会報2009年1月号掲載)