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ブリュッセル名物「ランビック」
「ランビック? あ~、あの甘ったるい赤い奴?」というビール愛好家の方、三行半を出してしまう前に少しお勉強を。甘ったるい味と派手な色は、大手醸造グループによる、女性と下戸向けラインアップ。本来のランビックは、すっぱく、渋く、実に奥行きが深い・・・
ランビックとは、500年以上にも渡ってブリュッセルの南西部に流れるセナ川付近で伝統的に造られている自然(あるいは天然)発酵ビール。自然とか天然とかいうと、何気に身体に良さそうに感じられますが、英語ではspontaneous fermentation、「成り行き任せで自然に」発酵させたビール。つまり、醸造所のラボで培養された酵母は入れず、ブリュッセル近郊の大気中に生きている「野生」酵母<注1> による発酵。食品衛生法等で異物や雑菌混入に神経を尖らすご時世。目と耳を疑うほど、実におおらかというか、行きあたりばったりというか、運を天に任せるような古代製法で今なお造られている伝統工芸ビールであります。
まず名称解説。木樽内で数ヶ月の発酵の末にできるのが、ランビックという名の原酒。こうしてできた若ランビックは、炭酸ガスが木を通して空気中に逃げてしまうので発泡性はなく、アルコール度数も1~2%と低い。ランビックは定義上、瓶やケグに詰めていないので、流通も輸出もできない。それを無理やり輸出しようとするレアモノ狩り業者もいることはいますが。ブリュッセル界隈では、ランビックに砂糖を加えて飲む(通称ファロ)<注2> 風習もあるがごく局地的。年代の異なるランビック(1年もの、2年もの、3年もの等)をブレンドして瓶詰めし、瓶の中で再発酵させるとできるのがグーズ。若いランビックにはままだ糖分が残っているので、休眠していた酵母の活動が再開され発酵が始まるのだとか。グーズは定義上原則瓶入り<注3> で、二次発酵で発生したガスが封じ込められているので、開栓して注ぐとビールらしく泡が立つ。
若いランビックに果物を漬け込み、その風味と色を取り込んだ後、ランビックとブレンドし、瓶詰めしたものがフルーツランビック。代表選手は「クリーク」で、オランダ語でサワーチェリーのこと。その昔、ブリュッセル界隈(スキャールベークあたり)で獲れたらしい。今でも、「本物のクリークはスキャールベーク産チェリーでなければいけない!」と思い込んでいるマニアックなファンが日本人やアメリカ人には多い。今のスキャールベークにそんなにチェリー農家がありえる? 次に多いのは、フランボワーズ。淡いピンク色と軽やかな香りに品がある。いずれにせよ、本物の完熟果物を大量に使うと生産管理的にもコスト的にも見合わないので、今では、冷凍果実や濃縮果汁を使っているところがほとんど。後は、各種ぶどう、ピーチ、カシス、リンゴ、パイナップル、バナナ、パッションフルーツ等あるわあるわ。ココまで来るとちょっとやりすぎの感あり。
ランビックという名前の由来にも諸説ありますが、ブリュッセル南西Halleの近くの地名Lembeekから来ているというのが有力。このあたりには、今でも、BOON、Oud Beersel、3 Fonteinenなど、伝統的ランビック醸造所がいくつかあります。
この辺で、もう少しその伝統製法についてつっこみましょう。まず、原料。ランビックは、まず、原料穀物(主には大麦麦芽ですが)のうち30%~40%が麦芽化していない小麦。主原料に小麦を使うのは、白ビールだけではないわけ。
原料面でもうひとつ面白いのは、年代モノのホップ花<注4> を使用すること。収穫直後に仕入れた薫り高いホップの生花を、わざわざ乾燥した倉庫の片隅に2~3年ほどほったらかしにして、パサパサになり、味も香りもふっ飛んでしまってから、ありがたく使うのです。なぜ? 普通ホップは苦味や香り(つまり調味料)のために入れるのですが、ランビックでは「自然の保存剤・酸化防止剤」としてだけに使うため。
次に行程と機器。まず、ごく簡単にビールの一般的醸造行程をオサライ。1)粉砕した穀物をお湯と混ぜ合わせてでんぷんを抽出する仕込み 2)その温度を高めてでんぷんを糖化させる、3)それを濾して籾殻を残し甘い麦汁だけを取り出す、4)その麦汁を煮沸して殺菌、これにホップなどを加える、5)それを冷ます、6)それを発酵槽(タンク)に入れ、酵母菌で発酵させ、糖からアルコールと二酸化炭素を得る、というような感じ。現在一般的な機器構成なら、ほぼ全面的にステンレススチール製で、1)2)を行う仕込み釜、3)のための濾過釜(またはフィルター装置)、4)の煮沸釜、5)は熱交換機、6)は発酵タンク(大きな縦型円柱)という機器構成。
で、伝統的ランビックだとどう違うか。1)2)3)の行程を、なんと古式豊かな銅製の一槽で片付けてしまう。釜と呼ばずに槽と書いたのは、新しくても150年は使っている年代物で、加熱装置は付いていないからボイラーで別途沸かしたお湯を加えることによって、温度を高めていくしかないから。今でこそ、機械的な攪拌装置は付いているものがほとんどだが、かつては仕込みとは木製の大フォーク <注5>を使って「腕」力頼りに掻き回すことだった。それで、「仕込む」をフランス語でbras(腕)serと言うのだとか。麦汁を濾過して、槽に残った籾殻を掻き出すのは今でも人力。ひたすら肉体労働・・・。
4)では、目的糖度まで煮詰め、ここで前述のカサカサに乾ききった味も素っ気もないホップ花を加える。
ホップ糟等を取り除いて、熱湯状態の麦汁は、5)の神秘の冷却用バットへ。
グリコール等の冷媒を使った画期的冷まし装置のなかった時代には、温度を下げるには、表面積のなるべく大きな容器に流し込み、風通しのよい冷気にさらしておくしかなかった。しかるに、屋根裏部屋の深さ40cm位の大きな銅製バット。早朝からの重労働が終わった夕方、熱い麦汁をバットに流し込んでブルーマスターは家路に着く。ひっそりと静まり返った屋根裏で野生の酵母菌が麦汁の中にそっと宿る神秘・・・といえば聞こえはいいが、空気にさらして放ってくわけだから、どんな菌や微生物が根付いているのか、管理のしようもない。湿気が高いとき、風がないときなど、気候や状況にも左右されるだろうに。こうして、実に神秘に満ちた「酵母の根付け」が終わると、いよいよ6)の樽詰め。
近代工業による管理された発酵は、嫌気性のステン製タンク内。古代製法に拘るランビックは、樫や栗でできた木樽。樽職人がほぼ消滅してしまった今日のブリュッセルでは、ワインやポルトワイン樽のオサガリを使うことも多い。横向きに並べた樽のてっぺんには5cm角位の穴があいていて、1週間から10日後に活発な発酵が始まると、この穴から白い泡がぶくぶく出てダラダラとたれる。しばらくして目に見えた活発な発酵が収まると、この穴はガーゼと木の栓で閉ざされる。これから数ヶ月かけてゆっくりとした発酵が進み、ランビックの若ビールが生まれるわけ。ランビックの入った樽の一部はそのまま、2年、3年と置かれ、グーズやフルーツランビック製造用の年代の違うランビックに。年が経つに連れて、さらに発酵が進むので残留糖分がなくなり、より酸っぱく、より古酒のような味わいに変遷していく。
現在、かたくなな伝統製法で酸味の強い独特のランビックを造る醸造所は、ブリュッセルの南西~西部20km圏内に約10ヶ所。それに対し、どっと甘くした色つき果汁ビールをランビックと称して売っている大メーカーが数ヶ所。カフェなどでは後者の銘柄が圧倒的主流。ただし、本来のランビックの味と色は全然違う。すっぱく味わい豊か。ある人は、ランビックを、梅干にたとえた。外国人が好きになるには努力がいるけど、いったん好きになると病みつきになる。ビールだと思って飲まなければ、案外病みつきになり易いかも。
伝統製法による名称「ランビック」を守るために、組織的アピールのべらぼうに下手なベルギー人も遅まきながら努力している。ベルギー醸造家組合(Belgian Brewers, 略称BB)がコレクティブマークとして登録しているのがTraditional Speciality Guaranteed (TSG) 。<注6>フランスワインのAOC原産呼称統制法によるアペラシオン=原産地呼称のようなものにしたいとの思いが。ただし、この名称は、原産地ではなく、製法や原材料に拘る。また、HORAL<注7> という「伝統ランビックビール保存会」みたいなのもある。毎年4月には、ここ主催の、ランビック醸造所公開ウィークエンド、バスツアーもあり。
ところで、世界中の食品製造現場では、HACCPだの、食品衛生法によって、木樽はだめとか、床はタイルとかウルサイ。そそそんな馬鹿な。じゃあワインは? ワインは農業製品だからいいの。そんなこと言い出したら、ランビック醸造所から猫と蜘蛛が消え去る日も近い?穀物倉庫に付き物のねずみ対策には猫、甘い麦汁に群がる小ハエ対策には蜘蛛とエコロジカルにピースフルに共存して来たというのに。

この記事が皆さんの目に届く11月始め、ガイドブックには必ずのっているブリュッセル名物「生きたグーズ博物館 カンティヨン醸造所 」<注8>で、恒例の公開醸造が予定されています。この秋は11月8日(土)。ここは夜間十分寒くなる10月半ばから4月までの半年間にたかだか30回位しか仕込まない。その見事なまでの伝統醸造。ベルギー滞在中に一度は必見!
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<脚注>
1.発酵に寄与している野生酵母は、ラテン名でBrettanomyces bruxellensis, Brettanomyces lambicusで、ブリュッセルの南西を流れるセナ川の付近20km周辺にのみ絶妙なバランスで生息しているんだそうな。
2.これがブリューゲルの絵に登場する土瓶入りのビールらしい。ブリュッセル近郊ではファロを飲ませるカフェも少しだけあるが、一番行き易いのは、証券取引所近くのLa Beccasse。土瓶入りの甘いランビックを飲ませる。ファロという名前ではないので注意!
3.最近ではレアモノ好きのケグ入りグーズもごく稀にある。
4.ホップの生花を使うのは非常にコスト高なので、多くの醸造所では圧縮冷蔵保存のペレットを使用。
5.これは醸造業者のシンボル。グランプラスの醸造業ギルド(BB)でもあちこちにアイコンとして使われているので必見。
6.http://www.beerparadise.be/emc.asp?pageId=728
7.http://www.horal.be/ 2009年の恒例のランビック醸造所訪問ツアーは4月29日に予定されている模様。
8.http://www.cantillon.be/ 11月22日には、カンティヨンが造るランビックのバラエティを全部味見できるイベントQuintessenceも。こちらは要予約、15EUR。
(ベルギー日本人会会報 2008年11月号掲載)