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『ピルス』つまり『ラガー』
ベルギーで、レストランやカフェでとりあえず「ビール」というと出てくるのが、ピルス、日本では一般的に「ラガー」と呼ばれているものです。つまり、アサヒ、キリン、ハイネケン、カールスバーグ、バドワイザーと同類の、あの飲み慣れた、やや苦味のある黄金色ビール。ベルギーでの主要全国銘柄は、世界No.1ビールメーカーとなったInBev (i) が造る国内ブランドJupiler、同社の輸出用プレミアムラガーStella Artois、今やハイネケン傘下となったAlken-MaesによるMaes、今でも一醸造所としての醸造量では国内3位を自称するHaachtが造るPrimus等。Duvelで有名なDevel-Moortgat社も最近ではこのタイプへの再参入に着実に成功しており、若者向けに再ローンチしたVedett(ii) 、飲食店中心ブランドBel Pilsなどがあります。ベルギーでも、実のところ、このタイプが全ビール消費量の7割以上を占めているわけですから、何と言っても最初に紹介しなければいけないビールではあります。ただ、正直言って「あまり面白くない」。Premium Lagerだろうが、秋味だろうが、一番絞りだろうが、要するにまあ似たり寄ったりで「違い」はマーケティング・ギミック以上の何でもない、、、。
このタイプは、19世紀後半にパスツール氏の大発見により、温度による細菌管理ができるようになって以降、世界中で造られるようになったことは前回も少し触れた通り。もともとドイツのバイエルン地方では低温で発酵する酵母を用いていたとされますが、近代製法によるラガービールの製造は、ベルギー、オランダ、デンマークあたりでほぼ同時多発的に始まり、ヨーロッパ各地へ、そしてアメリカ大陸へ、アジアへと普及してしまったため、今、『ビール』というとこれを意味するようになってしまったわけです。なぜそんなに簡単に世界中に広がりえたのか。理由は、おそらく近代工業による大量生産にぴったりだから。設備投資をする資本力さえあれば、同じ品質、同じ味わいで保存の利くビールを、比較的短期間で大量に作ることができる、投資対効果の高い工業製品だから。
つまり、それまでの「原始ビール」はそれほど味がまちまちで、酸っぱかったり、甘かったり、二度と同じ味じゃなかったり、少し経つと色や味が変わってしまったり。その地で取れた産物を原料に、煮沸殺菌してホップなどの天然の保存料を入れ、郷土料理や風土にあった発酵飲料を農閑期にちまちまと、手造りに毛が生えた程度の設備で造っていただけ。今風に言えば、まさに地元産のスローフード。こうしたパスツール以前の原始ビールは、今日では「上面・高温発酵」ビールと呼ばれ、発酵の際、酵母菌が麦汁(穀物から得た糖を含んだ甘い液)の上面に浮いて高温(20℃以上)で発酵するもの。一方、酵母菌が麦汁の底に沈んで低温で発酵する下面低温発酵によるビールは、「上面・高温」に対し、ラガー、つまり、ゲルマン系の言葉に素養のある方はお分かりの通り「低い、貯蔵するビール」なのです。「ピルス」あるいは「ピルスナー」との名称は、チェコのピルセン地方でこのタイプのビールが好んで造られたことに由来するもの。業界では、ラガーとピルスを区別する場合もありますが、ベルギーでは一般的に「ラガー」という言葉は使われず、下面発酵ビールを総称して「ピルス」と呼ばれています。
かくして、「上面発酵酵母」を用いた「近代工業以前の古式豊かな製法で」「職人芸がものを言う」ようなビールを今だに固執して造っているのは、世界広しといえども、ベルギーと英国位(iii) になってしまい、ベルギーの「上面発酵のスペシャルビール」は、その生産量の6割が輸出され、日本人やアメリカ人のようなウンチク大好きな方々に愛飲されるようになっているのです。ものの本を見ると、ベルギービールは400種類あるとも800種類あるとも書かれていて、日本人的には「随分いい加減だなあ」と思うのですが、現実はこんなところ。ベルギー中の村の醸造所が、けっこう気軽に少し違った原料(モルトや穀物の種類や焙煎方法、ホップやそのほかのハーブや果物)でちょっと違った製法(糖化を何度で何分するかとか)のビールを試作してみていて、そのうち、そこそこ行けそうで、ラベルを印刷するだけの量を作ったものを全部入れれば800種。なので、新製品だからぜひ買ってくれと営業されたビールが、結構売れたので今年も発注したら、「ああ、今年はもうやめました。代わりにこれ買ってください。」などというのはよくあることなのです。
ちなみに今日、穀物を原料とした発酵酒『ビール』は国際商取引上「工業製品」。賞味期限の明記が義務付けられ、新しいほど新鮮で旨いとの認識が定着しています。一方、同じく農産物を原料とした発酵酒であるワインは「農業製品」であるからにして、トマトと同じように、賞味期限という概念そのものがありえない。これはどうやらフランスの農業組織の巧みなロビイングによる画期的勝利だったらしいのですが、われらがベルギービール組合にはそんな組織的行動力もロビイング・ノウハウもなかった。しかるに、ビールの「新鮮神話」は、輸出国では、ベルギー・スペシャルビールにも当然当てはめられてしまうようになったので、さあ大変。でも本来、上面発酵のスペシャルビールには、「賞味期限」という概念は似合わないのです。適切な保存状態さえあれば、ワインと同じように、味は変遷しながらも、10年でも、20年でも賞味できるはず、なのですから。
ところで、日本で「ドイツに倣ったビール純粋令(iv) により、、、」という表現を聞いたことがないでしょうか。簡単に言うと、「大麦麦芽とホップ以外の原料を使ったものはビールにあらず!」というもの。小麦やコリアンダー、キュラソーなどのハーブ類を多様するベルギー・スペシャルビールのほとんどは、ベルギーではれっきとしたビールなのですが、これによれば、ドイツでは、ビールにあらずということになり、「純粋令」という名前から、消費者には「ビールに劣る不純な二級品」とのイメージを持たれがち。いったいドイツでは、どうしてこんな法律ができたのでしょう。一般的には、当時不足がちだった小麦をパン用に確保し、粗悪ビールをなくして消費者を守るため、などと説明されていますが、実のところは、酒税課税上のパラメータである麦芽の使用量が減らないようにとの理由が政策的本音とか。その後は、隣国(要するにベルギー)からの安価なビールの輸入障壁となり、国営ビール産業保護に十二分に貢献してきたとのこと。日本でもこのドイツの純粋令が当局にほぼそのまま踏襲された結果、わがベルギー・スペシャルビールの多くは、酒税法上(v) は「ビール」ではなく「発泡酒」扱い。それでも使用麦芽比率が高ければ、「ビール」と同等の酒税を支払っているわけですので、どうぞ皆さん、間違っても「ビール純粋令」なるものを鵜呑みにせず、純粋で美味しい特級品のベルギー・スペシャルティビールをお楽しみください。
この記事が皆さんの目に留まる頃、隣国ドイツでは、かの有名なオクトーバーフェストの真っ最中。毎年10月の第一日曜日を最終日とする16日間、とのことで、今年の開催は9月20日から10月5日まで。(ブリュッセルにいる日本人学校関係者は、マロニエ祭までの16日間と覚えておけば忘れませんね。)

こちらは、1810年以来数百万人もの人出で賑わう誰もが知っている世界的イベント、と日本人の私達は思っていましたが、同じく「ビール大国」のはずの隣国ベルギーではだ~れも知らないし、興味もない、当然行ったこともない。それでもはやりビール好きの日本人の方、ベルギー駐在中にぜひ一度は足をお運びください。やはり、5000人もが座って飲める巨大なテントがずらりと並んだ様は壮観。あの豪快な飲み方、すさまじいまでの地域力、組織力は一度は体験してみてほしい。グランプラスのテントであまりぱっとせずちまちまやっているベルギー流にへんに親近感を感じてしまう私ではありますが、、、
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脚注
i) 同社の製品は今年9月より、アサヒビールが総代理店として再スタートしています。
ii) Vedettには新たに白ビールも加わり、この秋から日本にもデビューしています。
iii) 英国産上面発酵ビールは一般に「エール」と呼ばれています。
iv) 1516年バイエルン公国ヴィルヘルム4世により制定されたもの。1871年のドイツ統一時にもバイエルンが統一の前提条件としたため、19世紀以降、ピルスの流行と同時にハーブや他の穀物を利用したビールはドイツから払拭された。EU統一市場になってからは他の加盟国で認められるものは認めざるをえず、非合法化されているものの、今日では、むしろマーケティング上、品質基準として利用されている。
v)今日の日本の酒税法では、ビールを(1) 麦芽、ホップ、水を原料として発酵させたもの。(2) 麦芽、ホップ、水、その他の政令で定める物品(注1)を原料として発酵させたもの。(注1) 副原料:麦、米、とうもろこし、こうりやん、ばれいしよ、でんぷん、糖類、苦味料、着色料。副原料の合計重量が麦芽の重量の50%を超えないものに限る、と定めており、ホップ以外のハーブ類やフルーツを用いたベルギースペシャルビールの多くはこの範疇から外れるため「発泡酒」となるが、麦芽の使用比率が十分に高いため、「ビール」と同等の酒税率となる場合が多い。日本の経済停滞が長引く中、ビールの税率があまりにも高かったのに抵抗し、日本のビールメーカーが麦芽使用率の低い(従って税率も低い)酒類を開発し、国税庁はそれに対し酒税法を改正して対抗。業界はさらに税率の低い新しい酒類を開発し、国税庁はさらに酒税法を改正し、…というイタチゴッコが繰り返されたので、「発泡酒」に対する二級市民イメージが薄らぎ、日本のベルギービール関係者にはむしろ追い風となったとの声も。
(ベルギー日本人会会報 2008年10月号掲載)