「医療の質」とは
ベルギーには、日本の小・中規模の個人病院のようなところはなく、大学病院かそこそこの規模の地域病院なので、一通りの専門分野が揃っており、日本で問題になっているような産婦人科、小児科がないというようなことはありえません。
病院の数は少なく規模は大きめなので、病院あたりの勤務医の数にはゆとりがあるようで、当直の回数が多くて過労になるというような話も耳にしません。柔軟な勤務パターンがとれるので、どんな分野でも女性が活躍しており、二人の医師でジョブシェアしていたり、子どもの学校の時間帯に合わせて勤務していたりと、医師も家族を持ち人間くさい生活を送る同胞なのだと実感できます。
医師は何で稼ぐのか
私は何度か、ベルギーの製薬会社で、ベルギーと日本のMR(営業)が意見交換する会合に通訳として同席したことがあります。
日本のMRからは必ず、「ベルギーでは処方箋一枚に対する医師へのリベートはいくらですか?」という質問がなされます。すると、ベルギーのMRは目を丸くして、「リベートだなんて、医薬業界の倫理協定で禁止されているでしょう!」ということになります。その後、会話はこんな感じで続きます。
日本 それじゃあ、ベルギーでは医師は何を根拠に薬を選択するんですか?
ベルギー その患者の病状に一番適した薬を選ぶに決まっているじゃないですか?
日本側 薬によるリベートがないなら、医師はどうやって稼ぐんですか?
ベルギー 医師は診察料で食べるんですよ!患者が満足すれば、その医師により多くの患者さんが来るようになるでしょう?
患者の立場に立った時、どちらの医師にかかりたいでしょうか。
また、抗生物質に関してはどうでしょう。今日ではようやく日本でも注意が喚起されはじめたようですが、日本における野放図とも言える抗生物質の出し方、患者への指導不足には驚きを隠せません。こうした悪慣行が、耐性菌を作り重大なことになると私が最初に知ったのは、今から20年以上も前、友人の富家恵海子さんが書いた『院内感染』という本からでした。世界の抗生物質生産量の六割以上を日本を含む豊かなアジア諸国で消費しており、このままでは現存するどの抗生物質も効かない恐ろしい耐性菌がアジアから世界に蔓延することになりかねないといわれて久しいのです。
前述の製薬会社のMRさんが、ポケットに新しい抗生物質の試供品を入れていて、「これ風邪に効くんだよ、ひとつ飲んでみてよ」と私にくれようとした時、背筋が寒くなる思いで遠慮しました。聞けば、新製品は抗生物質でも、少量の試供品を作り、医師や患者に配り歩くというではないですか。
また、日本では「インフルエンザですね、とりあえず大事をみて抗生物質少し出しておきましょう」などと、びっくりするような投与の仕方が今でもなくなっていないようです。
ベルギーでは、バクテリアの原因菌がある程度特定されない限り、医師や薬剤師はそう簡単には抗生物質を処方できません。抗生物質は、ヴィールスによる疾患には効かないこと、きちんと管理し、処方通りに服用しきらなければいけないことなどが、患者によく説明され、常識として浸透しています。
日本には優秀な医療従事者がたくさんいるはずです。彼らが、自分が患者としてどう扱われたいかを真摯に問うならば、日本の医療はずっと改善されるのではないかと感じてやみません。
(婦人通信2008年8月号掲載)
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