蜂の減少は環境破壊へのシンボリックな警笛だ
2013年4月末、欧州連合の政策執行機関である欧州委員会は、世界に先駆けて、ネオニコチノイド系農薬3種(イミダクロプリド、クロチアニジン、チアメトキサム)の使用禁止を決定した。7月には、作用の似た別の農薬フィプロニルも禁止された。一般人には馴染みのない農薬の話であるにも関わらず、動物保護・環境団体、市民団体などが活発な運動を展開した。選挙戦を控えた加盟各国政府の票取りの思惑も絡んだため、人々の関心は高く、メディアの扱いも大きかった。なぜ、これらの農薬禁止がそれほど重大な意味を持つのだろう。
発端は、2000年初頭以来世界のあちこちで報告されている、ミツバチの集団失踪(蜂群崩壊症候群)だ。「ミツバチがいないと、蜂蜜が取れない」などという単純な話ではない。ミツバチを始めとする花粉媒介生物は、農作物の花粉を運んで受粉させるという重要な役目を果たしており、こうした生物がいなければ多くの農作物は育たない。EUはこれを重く見て、2010年、ハチの保全のために最善を尽くすと宣言し、多角的な取り組みを始めていた。原因として、農薬の他、気候の変化や寄生虫などが疑われていたが、昨年、ネオニコ系農薬が主因ではないかとする論文が次々に発表され始めた。
ネオニコ系農薬禁止法案への賛成国・反対国(二度目の投票結果)
EUの厚生・消費者保護省は、EFSA(食の安全に関するEUの科学諮問機関)からのネオニコ系農薬禁止提言を受け、加盟各国代表による理事会で審議を繰り返したが、二度の投票を通じても決定に必要な特定多数決(注)には至らなかった。最終的には欧州委員会決定で禁止法案が採択され、この12月から施行されることとなった。これにより、2年間という暫定的措置ではあるものの、ネオニコ系農薬は禁止された(フィプロニルは来年3月から禁止)。《注:国の数ばかりではなく人口数で過半数となる決定条件》
■農業者・メーカーは猛反発
ネオニコ系農薬が廃止されたことで一件落着となりそうだが、話はそう簡単ではない。世界の食糧生産は、90年代前半に導入されたこれらの農薬なしには成り立たない程の依存状態に陥っているのだ。欧州ではほぼ全域で、ネオニコ系農薬で薄い皮膜を被せた種子が使われている。こうした種子は、農薬成分が植物全体に作用し、土壌内で根を食べる虫から葉や花を食べる虫まで広範囲の害虫に効果がある。農薬散布の必要がないので、農作業の手間が大幅に省ける。
失業しかねないと嘆くフィンランドの農業者マックス・シュルマン氏
欧州の農業者・農業組合連合Copa-Cogecaによれば、この禁止で最も痛手を蒙るのは、植物性油や家畜の飼料、またバイオ燃料としても重要な、菜種・原料コーン・ひまわり・綿花などの原料耕作農業だという。ある農場経営者は、「来年の収穫はおそらく3~4割減」と予想する。森林に囲まれた小さな畑で菜種を作る北欧の農業者は、「もはや廃業するしかない」と肩を落とす。
ネオニコ系農薬の主要メーカーは、バイエル・クロップサイエンス(本社ドイツ)、シンジェンタ(本社スイス)と住友化学の三社、フィプロニルはBASF(本社ドイツ)。今回の禁止決定に至るまで、これら大農薬メーカーのロビイングや抗議は非常に強烈なものだった。シンジェンタはEFSAの責任者に対し、「撤回しなければ告訴も辞さない」とさえ通告したという。(Corporate Europe Observatory, 2013年4月)
欧州農業者・農協連合は、今回の禁止による欧州経済への影響を、5万人の失業、170億EUR(2兆円強)の損失と推計する。作物の収穫激減が予想され、農産物価格の高騰などで市民生活は脅かされる。世界の原料作物受給はすでに逼迫しているので、これらの農薬禁止が欧州だけの選択であっても、コモディティ市場の高騰・食料危機・経済危機は地球規模で波及することになりそうだ。
■歓喜する環境・動物保護団体、エコロジスト市民、しかし・・・
多くの市民団体やグループが、ネオニコ系農薬使用禁止へ向けて活発な運動を展開してきた。インターネットを活用して世界の市民をつなげ、ブリュッセルやデュッセルドルフなどの要所では、地元組織と連携してミツバチ型の巨大バルーンやコスプレを用いたデモを行い、メディア・アピールを高めた。欧州では、市民の意志を無視すれば政治家が票を失う。市民の声が政治をダイレクトに動かすのだ。
強硬なネオニコ農薬禁止推進派の昆虫保護団体のシャドロー氏。本部はイングランド北部のピーターバラの片田舎にある。
ネオニコ系農薬の危険を早くから指摘し、使用禁止を働きかけてきたのは、英国に本部を置くBuglifeという昆虫保護団体だ。責任者マット・シャドロー氏が言う。
「世界の農業関係者は、農薬メーカーが送り込む農業アドバイザーの勧めに従って農薬漬けにされ、これなしでは農作物を作れないと思い込まされている。大丈夫、ちゃんと収穫はあがるさ。農作業がちょっと増える程度のこと」
皮肉にも、今回のEUの禁止法案で、英国は反対票を投じている。「英国政府は、今、経済立て直しに必死。極東のどこかの国に似て、地球規模の汚染に目をつぶっても、自国の経済を優先する。シンジェンタの主力工場は英国にあるからね」と、シャドロー氏。
農薬の新製品導入時に当局が義務付けているのは即効的な毒性テストだけで、長期的影響は考慮されない。だが、ここに来て慢性的な弊害を示唆する研究結果が続々と出ている。また、ネオニコ系農薬の不使用と、それが収穫量に与える影響についてもはっきりしたデータはない。
グルソン博士が両手で包み込んで見せてくれた蜂
「ネオニコ系農薬がどんなに効果的に害虫を殺せるかの研究は山ほどある。でも、使用をやめると収穫量が減るという研究は全くない。第一、地球上の耕作地のほとんどが、すでにネオニコ系農薬で汚染されてしまっているから、2年の暫定禁止では農薬の残留が大きく、何の変化も見られないよ」。そう語るのは英国サセックス大学のグルソン教授だ。一部のネオニコ系農薬は、毒性の半減期が3年、完全消失までに少なくとも数十年はかかるという。放射能に似た長期的な土壌汚染は、知らないうちに静かに進行してしまっていたのだ。
■米国や日本にも波及
ヨーロッパの決定は米国にも飛び火した。8月半ば、毒性の半減期の長さなどを深刻にみた米国農務省・環境保護庁は、ネオニコ系農薬に「ハチへの警告マーク」と使用上の注意書きを義務付けると発表した。欧州に比べ、ハチなどの花粉媒介生物保護にスローだった米国もとうとう動き始めた。
取材中、農業者、メーカー、研究者を前に、ネオニコ農薬で処理をした種子を見せて欲しいと頼んだ。ところが、「猛毒だから、安易に保管することは禁止されていて、見せられるものはない」という。誤って食べたりしないように、はっきり判る着色が施されているらしい。「植え損ねた種を小鳥が誤って食べたら、即死だよ。危険な万能薬なんて、依存性の高いドラッグか、利益率の良すぎる発電のようなもの。それなしでも充分行けるはずなのに、利益構造にはめ込まれたら抜け出せない、楽園のりんごだよ」とグルソン教授は話す。
日本の関係者から、ネオニコ系農薬処理種子は日本ではほとんど使われていないから関係ないと伝え聞いた。「日本で、最近、トンボがいないそうだね。トンボの幼虫は、こうした農薬汚染水に弱いから」と教えてくれたのはBuglifeのシャドロー氏。確かに最近トンボを見なくなったと感じている人は少なくないはずだ。
<2013年9月20日 WEBRONZA初出掲載>