ち またで、ウィスキーブームの兆しが囁かれる今日この頃。ベルギーの大規模酒販店にも、ウィスキー専門コーナーができ、『山崎』や『竹鶴』を見かけるように なった。そんな中、伝統あるベルギービール醸造所『ヘット・アンケル(Het Anker)』が、本格派ウィスキー『グーデン・カロルス・シングル・モルト(Gouden Carolus Single Malt)』を発表し、話題を呼んでいる。
美しい琥珀色が魅力的なウィスキー『グーデン・カロルス・シングルモルト』 © Het Anker
確かに、ビールも、ウィスキーも、大麦麦芽が主原料だが、本格的ウィスキーはベルギーでは始めて。ビールは、麦芽から得た糖を酵母でアルコールに還 元した発酵酒、ウィスキーは大麦麦芽100%で蒸留し、木樽で3年と1日以上熟成させた蒸留酒。ウィスキーの故郷とされるスコットランドやアイルランドで は、どちらも作られているのに、ベルギーでは、蒸留酒としては、ジュネーヴァ(ベルギー・ジン)は造られてきたが、ウィスキーの伝統はない。
自社のビールをベースにしたウィスキーを誕生させたのは、ヘット・アンケル醸造所5代目当主シャルル・ルクレ氏。ブームを敏感に察知し てというよりは、故郷思い・家族思いの素朴な発想からだ。筆者が始めて本拠地メヘレンに、シャルル氏を訪ねたのは今を去ること20年以上も前のこと。親族 間で経営方針がまとまらず、設備投資もままならぬまま老朽化が進んでいた醸造所を受け継ぎ、落ち込んだビールの評判を立て直そうと奮闘する若き経営者だっ た。
家族思い、故郷思いの素朴な実業家シャルル・ルクレ氏 © Het Anker
醸造所建て直しは奇麗事ではすまない。暗く寒くじめじめしたこのあたりの長い冬の間、猛烈な寒さと暗さの中で早朝から夜遅くまで、文字通り、なりふ りかまわず、身を粉にして働いていた。食品衛生基準を満たす設備投資のために、資金繰りに奔走する。生まれ変わったビールとしてマーケティング戦略を立 て、瓶やグラス、ラベルのデザインを一新し、広告や見本市出展で新規顧客や輸出販路を開拓する…。
厳しい戦いの中で、彼を支えていたのは、15世紀、神聖ローマ帝国皇帝カール五世の命を受けて醸造したという伝統ある家業を守り、地元メヘレンで栄 えることへの信念。そして、家族思いの人情深さ。実は、シャルルの先祖が、この醸造所を経営し始めたのは19世紀になってからこと。それ以前は、近くで モーレンベルグ(Molenberg)と呼ばれる農場を経営し、風車で挽いた穀物から、蒸留酒ジュネーヴァを造っていたのだ。
そこで2003年に思い立ったのが、一族のルーツである蒸留業と醸造業のマリアージュ。なぜウィスキー?と囁かれながらも、コツコツと計画を実行に 移し、2009年から、崩れかけていたモーレンベルグ農家の修復に着手。スコットランドから、手打ち銅の蒸留釜2基を購入して設置。2段階で丹念に蒸留 し、バーボンやビール造りに使われた樫樽を利用して、3年と1日以上熟成させ、今年末、とうとう悲願のウィスキー完成にこぎつけたのだ。神聖ローマ帝国皇 帝カール五世から命名された自社ビール「グーデン・カロルス・トリプル」を原酒とする、ユニークなウィスキー。醸造と蒸留という二つの家業のマリアージュ が生んだ、ベルギー初の本格シングル・モルト・ウィスキーの誕生だ。
ウィスキーのベース「グーデン・カロルス・トリプル」 © Het Anker
シャルル氏曰く「蒸留から生まれた一族が、醸造で栄え、再び蒸留の伝統に回帰する。」その味わいや、いかに。確かに、ベルギービール『グーデン・カ ロルス・トリプル』の名残がほのかに感じられるが、フルーティで、バニラの香がほどよい、バランスのとれた味わいと評判は悪くない。ベルギービールファン も、そして、ウィスキー通も、ぜひとも試したい逸品だが、当面は、ベルギー国内の厳選された酒販店だけで手に入るだけ。2014年には、近隣欧州数カ国に 配下できる予定で、3年後には、日本などを含めた輸出市場も射程距離に置いているという。
90年代始めに150klまで落ち込んでいたヘット・アンケル醸造所のビール醸造量は、今年10倍以上の2000klに達し、地元ベルギーでも、世 界40カ国でも勢いに乗っている。シャルル氏の手腕を持ってすれば、ベルギー生まれの本格ウィスキーが日本に届く日も、そう遠くはなさそうだ。
ヘット・アンケル醸造所 © Het Anker モーレンベルグ蒸留所 © Het Anker
(2013年12月27日 PUNTA掲載)