その名はまさに「免許ナシで乗れる自動車」(仏語でvoiture sans permis)、欧州の一部で、こんな自動車がマジに車道を走っているのをご存知だろうか。
街で見かけるカワイイAXAM © Michiko Kurita
見るからにかわいらしく、赤・黄・青などの原色が多用され、ナンバープレートの代わりに「Hello Kitty」とか、「Sara」なんていう女の子の名前が書いてあったりする。「え?本当にこんなオモチャみたいなの走っていていいわけ?」と絶句してい るうちに、近所の高校の前には、こんな車がずらりと並ぶようになった。娘曰く「16歳から乗れる、イマドキの高校生の通学車よ。ねえ私にも買ってくれな い?」
自動車製造・認可規格を定めたEU法によれば、正式には『軽量原付四輪』(英語ではlight motorised quadricycle)と呼ばれるこのカテゴリーは、排気量50cc以下、最大出力4kw以下の原動機付き四輪車で、車両総重量350kg未満、最高速 度時速45km以下。高速や自動車専用道路は走れない。見かけはれっきとした『自動車』だが、定義上は別枠扱いなので、自動車税も、車検もない。それでい て、日本でいう軽自動車(排気量600cc以下)顔負けの機能性を備え、可愛くて、かっこよくて、16歳になれば免許ナシで乗れるとなれば、高校生の羨望 の的になるのは当然だ。
スポーツカータイプのカブリオレも人気 © Michiko Kurita
つい最近までは、このカテゴリーの運転条件が、EU加盟各国の裁量に任されていたため、フランスなど多くの欧州諸国では、本当にまったく免許不要 だった。しかし、昨今の急増でさすがに放置するわけにもいかなくなって、EUの免許制度が改訂され、昨年1月から「試験なしの教習受講」(原付二輪車相当 の『AM免許』と呼ばれるもの)が義務付けられた。それにしても、高校などで行われている交通安全講習と7時間程度の教習だけで運転できてしまうわけで、 「普通免許不要の自動車」には違いない。
このカテゴリーをリードするのはなんと言ってもフランスだ。中でも、フランスアルプスの麓サボア地方を本拠とし、30年の実績を持つAIXAM(エ グザム)が断トツで、急成長する欧州市場シェアの半分を占める。このカテゴリーでは必須ではないクラッシュ・テストも早くから実施して安全面での技術力を 高め、2000年頃からデザインや色の多様化を始めて大ブレーク。ディーゼルの2人乗りが主流だが、最近では、スポーツカータイプやカブリオレ、軽トラッ ク・ミニヴァン型の商用車、電気自動車にも発展させ、自前のレンタカー事業にも着手した。
ナンバープレート代わりに私の名前と★マーク。警察も取り締まりに難儀するわけだ
© Michiko Kurita
これを追従するのは同じくフランスのLIGIER(ジリエ)。かつてF1チームを率いたギ・リジエ氏が創業したメーカーで、車好きのテイストに応え るラインアップが売りものだ。その他にも、Chatenet(シャトネ)、JDM Automobiles、Heuliez(ウリエ)などフランス勢が目白押しだが、それにCasalini(カサリーニ)などのイタリア勢の名まえも見ら れる。
これらのメーカーは、フランスやベルギー南部、イタリーの他、欧州各国に市場を拡大中で、特に、地形的に坂が多く、都市で駐車スペースの問題が多い 南欧諸国(イタリー、スペイン、ポルトガルなど)や、旧東欧(クロアチア、スロベニア、ハンガリーなど)で快進撃を続け、今では、売り上げの7割以上が欧 州の自国外に輸出されているという。調査会社フロスト&サリバンの推計によれば、2007年の販売数は27,000台だが、10年後には少なくとも10倍 程度に達すると見込んでいる。
ベルギーの販売店によれば「原付四輪は、正に近未来のニーズにぴったり。超小型だから小回りが利き、駐車もラクラク。少エネだし、排気量が少ない分 大気汚染も少ない。それでいて、バイクに比べたら居住性や安全性は抜群。悪天候でも、寒い冬でも快適。うちの娘にせがまれて、自分でも扱いを決めたの さ」。確かに、出荷単位台数あたりの交通事故による死傷者数は、カテゴリー最低とか。もっとも、スピードが出せないから、大事故につながりにくいのは確か だ。
車好きに人気のLigierは元F1レーサーが率いる © Michiko Kurita
オートマ車がほとんど存在しない欧州では珍しいオートマ仕様。欧州の郊外住宅地や農村地帯では、公共交通機関が不便な場所が多いから、運転できない と行動が制約される。そこで、高校生の通学用、普通免許証が取得・継続できない高齢者や軽度身障者などを中心に爆発的に売れているのだという。
それにしても、かなりのニッチ市場。価格は1万ユーロ強(150万円)と決して安くないし、高校生の娘を持つ親としては、18歳までたった2年のた めにはかなりの投資だ。制限速度70kmや90kmが標準の欧州の一般道で、こんな車が増えれば迷惑千万。バイク感覚でどこにでも平気で駐車する若者ドラ イバーを、警官は取り締まりたくても「Hello Kitty」や「Sara」では、その術すらない。というわけで、ベルギーでは、今年5月以降の所有者には、ナンバープレートだけは義務化されたとか。
日本ではどこでも見かける箱型の日本製軽自動車は、欧州ではまったく見ない。代わりに、スマートカーやフィアット500などのコンパクトカーが定着する欧州。『原付四輪』クラスにも日本のメーカーは見られない。
とはいえ日本でも、農村需要やママさんドライバーなら高速に乗らない人も多いだろうから、「原付四輪」需要は意外とありそうな気もする。
どうみたって自動車の原付四輪カタログ © Michiko Kurita
(2014-08-13 PUNTA掲載)