たかがサンドイッチと呼ぶにはグルメ過ぎる逸品 © Frédéric Raevens
地元産の新鮮な食材を、地産池消で楽しめば、環境にも美味しい…そんなコンセプトのスローフード・サンドイッチ店『ピストレ』がブリュッセルにオープンし、 人気を呼んでいる。たかがサンドイッチで?と馬鹿にすることなかれ。欧米人にとって、サンドイッチは伝統的にも日常的にも軽食の代名詞。日本でいえば、蕎 麦屋かラーメン屋のようなものだが、土台となるパンをはじめ、「中に詰める具」の産地や味にとことんこだわるサンドイッチ店は珍しい。ベルギー中から調達 された「美味しいもの」が、店頭に並べられ、選ぶお客を唸らせ、迷わせる。
明るい赤と白の店構えは気取らない © Michiko Kurita
サンドイッチ「文化」は、実は、日本人が思う以上に幅広く奥深い。特にベルギー人は、もともと周辺国と比べても、サンドイッチそのものにかなりこだ わりがある。食べる直前に、サンドイッチ屋に出向き、店員さんと対面販売で話しながら、好みのパンの種類を選び、バラエティ豊かな詰めモノのレパートリー の中からメインの具材を選び、それに、好みの生野菜やチーズを選んで入れてもらう。
マヨネーズ、バター、マスタード、ケチャップ、塩胡椒などの調味料も、少しだけとか、多めにとか注文をつけて自分好みのサンドイッチに 仕上げてもらうのが正統派。作り置いてラップされ、店頭に並んでいるサンドイッチなぞ、急いでいる時にしか手を出さない。具の湿り気でパリパリ感がなく なったパンなどとうてい耐えられないというわけで、昼時には行列ができ、待たされてしまう。そうは言っても、今では、どの店も、業者からありきたりの詰めモノを何種類か仕入れて並べている場合がほどんど。というわけでオリジナリティはそれほどでもない。
普段着グルメの選び抜かれたベルギー産が並ぶ © Michiko Kurita
もっとも標準的な具といえば、なんと言っても普通のハムとチーズ(ゴーダチーズが一般的)。その他にベルギーで定番なのは、チキンのカレーマヨネー ズ和え、小エビのサラダ、生牛ひき肉のタルタルステーキ(ベルギーでは「フィレアメリカン」と呼ぶ)、カニ(といってもカニ風味かまぼこ)のサラダ、ミー トローフか肉団子の薄切りといったところだ。サンドイッチに使うパンはといえば、フランス・パン(バゲット)が標準。しかし、ベルギー人が郷愁を込めて愛 するパンといえば『ピストレ』。この店の店名でもあるピストレとは「外はカリッ、中はふっくら」の丸パンだ。では、この店では何が「売り」なのだろう。
まずはこの丸パン。こだわりのパン職人イヴ・グンス氏が、この店のために開発したレシピで、丹精込めて日に二度焼き上げる。これに、グルメ料理界を 牽引してきたミシュラン星付き有名シェフらが、最高の中身の具材を選定。たとえば、世界に冠たるフランス料理店『コム・シェソワ』のカリスマ・シェフは、 この店のために、フィレアメリカン(タルタルステーキ)とピクルスの最高級品を紹介。名門『ヴィラ・ロレーヌ』からは、イチオシの手剥き北海小エビを導入 したという具合だ。
この店用の看板丸パン『ピストレ』を焼くイヴ・グンス氏 (c)Frédéric Raevens
プロの世界では知らない人はいないという養豚業者からの塩蒸し豚、高級店御用達のアルデンヌ産の手作り生ハム、正真正銘のカニ肉を使った特製カニサ ラダなど、厳選された具のバラエティは20種類を超える。バターやチーズ、生クリームといった乳製品にも、オイルや香辛料にも、さらにデザートや飲み物に も選びに選んだ素材とベルギー最高の職人による名品だけを集めている。
さらに、現代人が忘れかけている伝統のスローフードを思いださせることにも情熱を燃やす。たとえば、Bloempanch, Kipkap, Tête Presée, Cervelas, Pipe d’Ardenne, Rollmops, Bon potjesvlees等など、ベルギー人でもほとんど何のことかわからないノスタルジックな響きのある「お袋の味」は、超ローカルな「ベルギー伝統の 味」ばかり。温故知新――思わぬ発見があるのも嬉しい。
開店以来、ベルギー中のメディアやグルメ評論家が注目したのも無理はない。創業者のヴァレリー・ルプラさんは、料理の世界でプレス担当を歴任してき たプロ中のプロ。ベルギーの食材や調味料、シェフやパティシエなどの職人、料理機具や道具類に精通し、知らない人はいないほどの有名人だからだ。
『ピストレ』のある場所は、ちょっとスノッブな山の手サブロン地区と伝統的な下町マロール地区をつなぐ中間地点。赤と白で統一されたシンプルで居心地の良い店は、「もち込みOK」のサインすら掲げ、気取りのカケラもない。
でも、ご注意。フランス人に「ピストレ」に行くなんて言ったら、物騒だと驚かれるかもしれない。ピストレとは、仏語ではピストルのこと。この店に足を踏み入れた途端、ベルギー伝統の普段着グルメにすっかり打ちのめされて身動きもとれなくなってしまうかもしれない。
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Pistolet-Original 公式ページ
グルメなサンドイッチたち ©Frédéric Raevens
(2014-10-28 PUNTA掲載)