ナポレオン最後の戦いとして知られるワーテルロー ©John Martin’s
19世紀始め、英国などごく一部を除くヨーロッパ大陸の大半を勢力下に置き、一大帝国を築いていったナポレオン。さらなる帝国の拡大を阻止すべく、英国のウェリントン大佐が連合軍を率いて戦ったのが1815年の「ワーテルローの戦い」だ。
誰もが知るナポレオン・ボナパルト “Bonabarte Premier consul”. Licensed under パブリック・ドメイン via ウィキメディア・コモンズ
世界史の教科書にも出てくる天下分け目の戦いから200年。6月18日、ワーテルローは、ベルギーはもちろんのこと、英国、オランダの王室を始め、世界中から大勢の観客を集め、200年を記念する戦いの再現祭りが行われる。その時「勇者のビール」として振る舞われるのが「ワーテルロー・ビール」だ。
かつて、このあたりには5つの醸造所があり、地元の麦やホップを使って伝統的なビールが造られていた。4日間で6万人以上が戦死した激戦の間、兵士に勇気と士気を与えた続けたのは地ビールだったという。当時の醸造所は消滅していたが、数年前、ある醸造所が、「ワーテルロー・ビール」の名の元にブロンドとブラウンの2種類のビールを復活。その銘柄を買収し、ワーテルローの戦いで英連合軍の野戦病院となった古い農家の建物(13世紀からある歴史遺産)を改装し、ブルワリーレストランを開業しようとしているは、地場産業
マーティンズ・グループだ。ギネスを初めてアイルランド国外に紹介した最古参業者で、スコットランド風ビールのGordonやフルーツランビックのTimmermansなどの醸造所を傘下に持つ。「100年前、英国からこの地にやってきた祖父の意志を継ぎ、200年祭にちなんだビール造りができるのは幸せです。」と三代目アンソニー・マーティンズ氏はにこやかに語る。
「ワーテルローを世界遺産級の観光地に」マーティンズ氏の夢だ。©John Martin’s
ストロング・ダークと、トリプル・ブロンドに加えて、この新しい醸造所で造るのは、「ワーテルロー・レコルテ」。レコルテ(Récolté)とは、フランス語で「収獲」を意味する。昨今の食の潮流に乗って、「Produit Terroir」(地元産)をアピールする新製品だ。そのスタイルは、ベルギー南部エノー州を中心に、このあたり一帯で造られてきた『セゾン』という伝統的なもの。もともと、夏の農繁期に向けて秋冬に仕込まれたため、ホップなどのスパイスを利かせている。夏向けのビールなので、ベルギービールとしては、アルコール度も控えめでのど越し爽やか。大麦・小麦はこのあたりで収穫されたものにこだわる。ホップは今のところ、ベルギー西部のポプリンゲ産を使っているが、将来的には、この農場内にホップ畑を作り、自給自足する予定だという。年間500キロリットル醸造を目指してスタートしたが、200年祭を前に、早くも地元の飲食店やカフェからの引き合いが相次ぎ、とても追い付かないと嬉しい悲鳴をあげている。
ワーテルロービールのギフトセット。陶器のマグが珍しい。©John Martin’s
若くハンサムな醸造士の青年を指導するのは、ベルギービール業界では知らない人のいないウィレム・ヴァン・ヘレウェーゲン氏。新レシピの開発や、あちこちの醸造所の技術指導に大活躍する彼が、このビールの品質保証マークだ。ベルギービールには、オリジナル・グラスがつきものだが、ワーテルロー・ビールのそれは、ひとつひとつ丹念に焼かれた陶器の聖杯だ。
200年祭に向けて造られた醸造所には、400㎡の大型レストランと、ビールばかりでなく様々な地元産のチョコレートなどを取りそろえたお土産ショップも併設。スピルバーグ映画で知名度をあげたベルギー漫画「タンタン」のキャラクターショップまであるのは、原作者エルジェの本拠地がこのあたりだから。将来的には、ミュージアムやミニ遊園地などを備えた複合エンターテイメントセンターにしていく構想だという。
英国軍野戦病院として使われた古い農家が醸造所に ©Michiko Kurita
ワーテルローの戦い再現祭りは、6月18日~20日。早くも前売りのスタンド券は完売だが、期間中は地元道ばかりか環状高速まで通行止めにして、英国軍、プロイセン軍、フランス軍などの兵舎やパレードが自由に見物できる。古戦場跡の広大な草原を探検しながら、ワーテルロー・ビールで乾きを癒すのも、200年目の初夏の楽しみ。「レコルテ」は、当面は樽詰めのみ。日本へのお目見えはもう少し後になりそうだから、ベルギービール好きなら、ワーテルローを目的地にするしかなさそうだ。