近年、世界のクラフトビール界では、ホップを利かせたIPAスタイルのビールが人気だ。IPA(India Pale Aleの略称)とは、19世紀始め、英国で、当時植民地であったインド輸出用に造られたエールで、ホップを多用して保存効果を狙い、アルコール度数やや高めの琥珀色上面発酵ビールだ。
ホップを利かせたベルギービールの代表格。前列右からDuvelのTripel Hop(トリプルホップ)、Van Honsebrouck(ヴァンホンセブルック)のKasteel Hoppy(カステール・ホッピー)、Lefevre(ルフェーヴル)のHopus(オピュス)、後列右からDe Ranke(デゥランケ)のXX Bitter (ダブルビター)、Van Eecke(ヴァンエーケ)のhommelbier(ホメルビール)、Het Anker(ヘットアンケル)のHopsijool(ホップシニョール) (c)Michiko Kurita
当時主流だったポーターやスタウトなどの茶褐色エールと比べると、際立ったホップの風味や苦味が人気を博し、その後、カナダ、オーストラリアへ、昨今はアメリカへと伝播。日本でも、慣れ親しんだ味の延長線上にありながら、ありきたりな大手ビールメーカーのラガービールとは一線を画すビールとしてトレンディだ。
IPAブームに呼び起こされて、ベルギーでも10年ほど前から、伝統的なホップ産地近くで造られるビールや、若いクラフト醸造所が冒険的に造るビールがホップを強調し、ここ数年は、中堅どころの醸造所も、相次いでホップを前面に打ち出したラインアップを導入。英国エールと違って、ベルギー流は、その美しい透き通った黄金色と豊かな泡立ちが特徴。豊かな風味や味わいを持つホップを何種類も贅沢に使うので、ただ苦いだけではなく、複雑でうなるほどの豊かな香りと奥深い絶妙な味わいが、感動的ですらある。
ホップの体験収獲から、ホップを利かせた地元ビールの試飲までできるホップ栽培農家Hoppecruyt http://www.hoppecruyt.be/en ©Michiko Kurita
こうしたブームを支えているのがベルギーのホップ栽培農家だ。ホップはそもそも、鎮静効果のある薬草としてフランスの修道院で栽培されたのが起源とされるが、15~16世紀頃から、その保存効果が買われて当時「命の水」とされたビールに使われるようになった。18~19世紀には、ブリュッセル周辺を中心にベルギー全土で4,000ヘクタールも栽培されていたというが、その後、急速な都市化が進み、英国、ドイツ、チェコなどでの大量生産のあおりを受けて、生産量は激減。今では、ベルギー北西端、フランス国境近くのPoperingen (ポープリンゲ)という地域で、合計20の生産者が、栽培面積計150ヘクタールで作っているに過ぎない。しかし、ここ数年は、地産地消ブームも手伝って「ホップどころ」は元気がいい。地元産の良質ホップは、ベルギー中の醸造所からひっぱりだこで、伝統的な品種からソラチ・エースなどの日本種まで精力的にチャレンジ。市の中心には、ホップ・ミュージアムもあり、ホップ栽培の歴史から文化までを、誇り高く科学的に解説する。ホップ栽培農家では、体験収獲やホップを利かせた地元ビールの試飲がパッケージになった嬉しい見学も用意。かつて高収入を求めてやってきた季節労働者の伝統民謡まで歌ってくれるので、今では珍しくなった地元の人々と「濃い」交流ができるお奨めコースだ。
ホップの利いたビールを試飲しながら、陽気なマダムがホップ収獲の民謡まで楽しめる ©Michiko Kurita
ここでは、ビール通ならぜひ知っておきたいホップのトリビア情報もたくさんゲットできる。ホップは雌雄異株の植物。普通、ビールに使われるのは雌花だけ。雄花と交配して結実すると、ベルギービールの命とも言われるきめ細かく豊かで長持ちする泡が立たない。このため、ベルギーでは、ホップの雄株を栽培することは禁止されているそうだが、なんといっても相手は植物。野生化したホップの雄株を法の力で取り締まることはできない。そこで、ある時期になると、ホップ農家はナイフを手に森に入り「雄株征伐」に出かけるのだとか。ちなみに英国エールで泡がほとんどないのは、交配させたホップを使うからだそうで、なんでも英国人は泡の量でだまされたような気になるのがお嫌いらしい。
7~8mもの鉄線に這わせるベルギーの伝統的ホップ栽培© Michiko Kurita
芳香と苦味の秘密「ルプリン」を含むホップの雌花、9月が収獲期だ©Michiko Kurita
ホップは、冬には地下茎だけが残って茎や葉が枯れ落ちる宿根草だ。2月頃に出るホップの新芽が、春を告げる高級食材としてキロ当たり数百ユーロで取引され、地元と高級フランス料理店だけで味わえることをご存知だろうか。
ベルギービールがお好きなら、苦味だけではなく、ホップの芳香と味わいを惜しみなく楽しませてくれるベルギーのホッピーなビールたちをぜひともご賞味いただきたい。そして、本場のホップ農家やホップミュージアムも訪ねれば最高。新芽の珍味を狙うなら早春、収獲体験を目指すなら9月。来年のカレンダーに今から書き込んでほしい。
(PUNTA、2015年9月28日掲載)