ブリュッセル旧市街、観光客のにぎわう中心街を出てしばらく歩くと、移民層が住みつく別世界が始まる。
このエリアは、空洞化していた中心部の再開発によって新感覚の若者層が集まるようになり、多文化の入り混じった注目のスポットに。ベルギービール通なら誰もが知る老舗のビール専門店「ムーデル・ランビック(Moeder Lambic=「ランビックの母」の意)」の2号店が登場したのは、この「廃れるようで新しい」界隈。
関係者から「多店舗化は無謀! この場所では、多くの樽をさばくほどの人は見込めない」とささやかれた同店は、2010年にオープンして以来、いまや誰もが認める人気店となった。その立役者は、老舗店から経営権を譲り受けた若手オーナーだった。クラフトビールは「伝統的で古臭い」とのイメージを一新すべく、未開拓のビールを積極的に取り入れたその秘策を探った。
フォンテナス店の前で語ってくれた若手経営者のひとり、ジャン。

2006年末、廃業寸前だった老舗店舗ムーデル・ランビックを再生させたのは、ジャン・アムレー氏と相棒のナッシム・デシリー氏だった。
もともと同店の従業員であった二人は、経営状態の悪化により店が差し押さえになるところ、ベルギービールへの愛情から、店舗運営の一切を引き受けることを決意。しかし、二人は経営においては新参者。
しかも、醸造関係や飲食業界へのコネもなければ人脈もない。あるのは、顧客たちのやりとりから得た知恵とアイデア、それにやる気だけという状況での再スタートだった。
そこで彼らはまず、店内で提供するベルギービールの品目の見直しに着手した。それを、「真に秀でた小規模ブリュワリーの銘柄」に絞るべく、半年ごとに見直して2割ずつ入れ替えを行うことにしたのだ。
ジャンは確信する。「どんな醸造所も、規模が大きくなると、小手先のマーケティングに目を向けるばかりで、原料や製造工程の妥協が始まってくる。そうすると、確実に質は落ちてしまう」
そのため、新生ムーデル・ランビックでは大手のものは扱わないことにし、あくまでも、つくり手を知り、心の通い合っているビールを提供することにかけたのだ。「ビジネスは人。利益は目的ではなく結果。真によいものの判断は人のつながりでしかできない」という信念のもとに……。
こうして見事再生を果たしたムーデル・ランビック。
2006年に再スタートをきった老舗店舗に加え、2010年には異なるコンセプトの2号店としてフォンテナス店をオープンさせた。
ジャンによると、オリジナル店の顧客は小規模醸造所のビールを好むものの、新しい銘柄に挑戦することのない地元の固定客がほとんど。そこで、あまり知られていない小規模醸造所の品目を選び、顧客の反応を見ながらゆっくりと入れ替えるようにしている。
一方、フォンテナスフォンテナスフォンテイナス店を訪れる顧客は、伝統的なクラフトビールを敬遠していたヒップな若者や観光客が中心。新進気鋭の醸造家のものも含めてさまざまな小規模醸造所のビールを積極的に取り入れることで、ベルギービールの新しい世界観を発信している。いずれの店でも、ビールだけでなく、ジュースもコーヒーもチーズも、すべて良質な小規模クラフト銘柄のみ、というこだわりよう。こんな店はこれまでベルギーにはありえなかった。
人気の本物ランビック(左から2点)と、ホップの強いビール(右から4点)。
さて、ジャンに人気ビールの傾向を訪ねると、「酸味の強い本物のランビック(天然酵母だけの力で発酵させたブリュッセル伝統の地ビールをベースにしたもの)と、ホップをふんだんに使った苦味の際立ったもの」と即答された。
銘柄でいえば次のようなものだ。
・カンティヨン(Cantillon)醸造所のランビックベースのビール
・デゥリードリー・フォンテイネン(Drie Fontainen)醸造所のランビックベースのビール
・ドゥ・ランケ(De Ranke)醸造所の「XXビター」や「ギュルデンベルグ(Guldenberg)」
・ドゥ・ラ・センヌ(De la Senne)醸造所の「タラス・ブルバ(Talas Boulba)」や「ズィヌ・ビール(Zinne Bir)」
このような人気銘柄をはじめ、新しいビールを試そうと期待してやってくるゲストは後を絶たない。
そのため、同店のスタッフにはすべての銘柄を熟知させ、ゲストとの会話の中から適切なビールを推奨できるよう指導し、スタッフ教育を徹底している。こうしたサービスも、同店の成功のカギを握っているようだ。
最後に、今後の展望についてジャンに聞いてみると、「店内で取り扱うクラフトビールのショップをつくること」と教えてくれた。
現状では、ブリュッセル市内でベルギービールを購入する場合、量販店には大手銘柄しかなく、小規模醸造所のビールはお土産ビール店で法外な価格で購入するしかすべがない。それでは、せっかくのこだわりあるビールを広められないと、小規模醸造所のビールを適正価格で購入してもらえる店をつくり、人々をベルギービールの世界にさらに引き込みたいと考えているのだ。
いまや世界中のベルギービール関係者が、こぞって集うムーデル・ランビック。
ベルギービールの真髄を知ってこその店づくりは、ベルギー国内だけでなく、世界中の飲食店関係者を刺激することになるのではないだろうか。若き経営者の挑戦を、引き続き見守っていきたい。
ドリンクプラネット掲載
http://www.drinkplanet.jp/