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白ビール物語
昔々のその昔、大学街Leuvenのそのまた奥の、小麦畑のド真ん中Hoegaardenという小さな村に、ちょっと酸っぱい白く濁ったビールを造る小さな醸造所が仰山あって皆に親しまれておったとさ。ところがある日、喉越し爽やかラガービールが登場すると、猫も杓子も飛びついて、田舎の酸っぱいビールはすっかりそっぽ向かれてしもうて、醸造所は一軒ものうなってしもうた。すると、小さな町の牛乳工場で働いていたピーターという若者が現れて、おらが村のビールをこの手で再現してみせるってんで見よう見まねで苦労して、、、、、それが村のもんに喜ばれ、Leuvenの学生に喜ばれ、話す言葉は違っても、ベルギー中に広まって、いつのまにかとうとう世界中で飲まれるようになっていったんじゃ ・・・・・・
とまあ、これが、ベルギービールを代表する白ビール物語の始まり始まり・・・
ものの本によれば、Leuvenの東南部一帯は、古くから穀倉地帯で、農家が農閑期にビールやワイン造りを行い、数なくとも14~15世紀には周辺の修道院でもビールやワインが造られていたとのこと。16世紀には、Hoegaarden村にはすでに醸造業者のギルドも存在し、リエージュ司教領に供するためのビール醸造の中心地として大いに栄えたとか。18世紀末にフランス革命軍によってリエージュ司教領が解体され、多くの修道院が焼き払われた後も、Hoegaarden村には30以上の白ビール醸造所が残っていたとされています。ところが、その後、20世紀に入って発酵や微生物管理が解明されると、近代工業による大規模底面発酵ビール(ラガービール)醸造が主流となり、その中心は、隣町Leuvenに移ってしまったのです。ちなみにLeuvenは今やABInbevつまり、世界一の多国籍醸造グループ企業アンハイザーブッシュ・インベヴの本拠地ですが、そもそもは、Stellaなどのラガービール醸造所がありました。Hoegaarden村には、細々といくつかの醸造所が残っていましたが、1950年代半ば、とうとう最後の白ビール醸造所もその火を落としてしまいました。
「村伝統の白ビールをなんとか復元したい」と村の牛乳工場で働くPieter Celis氏(注1)が立ち上がったのは1966年。最後の醸造所Tomsinのすぐ近くに住んでいた彼は、小さい頃から醸造所の仕事を見たり手伝ったりして育っていたので、廃業した醸造所から中古の醸造機器を買い集め、De Kluis(修道院の回廊)という醸造所を起こして懐かしの白ビール造りに着手。それがLeuven大学の若者に予想外の人気となり、その後、広告もTVコマーシャルもしないのに口コミでどんどん伸び続け、開業当初のマイクロブルワリー(75kl)は20年後には7500klを醸造する国内屈指の醸造所に。ところが、そんな最中の1985年、醸造所は火事に見まわれ大きな被害を負ってしまいます。Celis氏が、その頃国内でいくつかの醸造所を買収し醸造グループ企業化していたInterbrewに資金援助を求めたことがきっかけとなり、その後、醸造所は段階を追って大企業Interbrewの手に渡っていくこととなったのでした。ああ、アーティザナルビール(手作り工芸ビール)の運命やいかに!
1990年頃、白ビールHoegaardenは日本へもほそぼそと輸入され始めたのですが、Interbrewは、大規模投資を繰り返し、De Kluis醸造所はすっかり近代的なビール工場へと変貌を遂げて行き、Hoegaardenの産みの親Celis氏は姿を消してしまいます。当時Celis氏はすでに60台半ば。
ところが、Celis氏の白ビール魂は治まらない。1990年代初めには、アメリカ・テキサス州で、新たな白ビールCelis Whiteを手がけ、これがアメリカのマイクロブルワリーブームに乗ってヒット。ここでも大手Miller社に買収されたのですが、その後凱旋したベルギーで再びCelis White造りに着手。小柄な身体から醸造家魂が今もエネルギッシュにほとばしる、白ビールおじいちゃんセレス氏(セレス氏は、2011年4月、86歳で帰天されました。ご冥福をお祈りします。)は、80歳を過ぎてもバリバリの現役だったのです!
1960年代に造られたCelis氏と彼の白ビールHoegaardenがベルギービール業界に与えた功績は偉大なものなのです。まず、Celis氏の白ビールHoegaardenは、昨今のベルギー国内ビール消費量の約5%を占める「白ビール」というカテゴリーを単独で築いてしまったという点がすごい。その後、多くが参入し、今では10銘柄以上ありますが、Hoegaardenが白ビールの代名詞であることに誰も異論はありますまい。さらに言えば、Hoegaardenが急成長した1980年代は、伝統の上面発酵スペシャルティ・ビールが見直された時期と重なり、戦中戦後とラガー一辺倒になっていたベルギーのビール業界がスペシャリティビール(今日の国内消費量の3割)による差別化に成功し、世界に冠たる輸出産業へと変容していく原動力になったのです。
というわけで、ベルギー滞在中、Hoegaarden村を一度は訪れたいもの。E40をLeuvenを超えて更にLiège方向に向う出口25番を出て、Hoegaardenの方向を目指すと、ロータリーのど真ん中にかつての銅製の仕込み釜が。ロータリーを右折し、しばらく道なりに進み村の中心から右方向へ大きくカーブ、そしてDe Kluis醸造所の看板(注2)を左に曲がってしばらく行くと、そこにHoegaardenの醸造所があります。醸造所の横には、Kouterhof (注3)というカフェ・レストランがあり、ここはなかなかお味もよく、気持ちの良いこれからの季節の午後にはできたてのHoegaardenに舌鼓を打ちながら美味しいビール料理を食べるのは花丸お薦めコース。数年前から、醸造所の横に、ヴァーチャル・ヴィジットのできるミニ博物館(ビジターセンター)ができて、6EURを払うと見学してその後このカフェレストランで一杯のフリードリンクが賞味できるようになっています。ビール通にはやや物足りない見学ではありますが。
Inbevは2005年にはいったん製造面での合理化から白ビールの醸造をすべてラガービールJupillerを醸造するJupilleの工場に移すと発表したのですが、結局、ここで働く人々や地元民の熱意に負け、2007年ここにHoegaarden白ビールの拠点を残すことに決定。白ビールの代表銘柄Hoegaardenが、発祥の地Hoegaardenを去ることはなくなったのです。
今日、Hoegaardenには、かなり甘みの強いHoegaarden Citron(レモン味)やHoegaarden Rosée (フランボワーズ味)などが加わり、なんだか華やかな品揃えとなりましたが、Hoegaardenといえばなんといってもあの少し酸っぱいような乳濁色のオリジナル、英語の世界では「ホーガーデン・ホワイト」と呼ばれているこのビールが大御所。ベルギー「白ビール」の特色は大麦麦芽に加え、麦芽化していない小麦を使うこと(注4)。それになんといっても、コリアンダー、キュラソーなどのスパイス類がふんだんに使われること。
「ベルギービール物語」でこれまで説明してきたように、ちびちび賞味するトラピストビールやフランダースのレッドエールもベルギービールの真髄ではあります。が、マグリッド調の青空が爽快なこれからのベルギーの初夏、テラスに広がったテーブルで喉越し爽やかな白ビールをごくごく飲むのもまた格別。Hoegaardenのあの六角形のずっしりしたグラスは、手の温度で中身のビールが温まらないように工夫されたもの、とか。かつてはレモンのかけらなどを入れてサーブする店もありましたが、醸造所によれば、これは邪道。瓶入りのものは、半分注いでから瓶をゆっくり水平方向に回すようにし、あえて底に沈んだ澱を混ぜて残りをグラスに。なんと言っても、乳濁色の「白」ビールですから。ケグ(樽)入りの時は、回転のよい店で。酵母が生きているので、新鮮さは美味しさの鍵です!
(写真提供:木屋)
ビール通を自称したい方は、普通のカフェでは、いくつもの白ビール銘柄を扱っている店などほとんどお目にかからないので、ベルギービール通のカフェに足を運ぶか、ベルギービール専門ショップや専門のネット販売を利用してぜひともいろいろの銘柄を飲み比べてください。日本では、昨年から、Hoegaarden白ビールを始めとするABInbevの銘柄はすべてアサヒビールが総輸入代理店となって再スタートを切っていますが、Duvel-Mootgat社のVedett Extra Whiteを始めとして、小便小僧が目印のBlanche de Bruxelles、ワロン地方の名門St. Feuillien醸造所が造るGrisette Blancheなど多くの「白ビール」が輸入販売されています。
ところで、ABInbev社が、ベルギービール推進のために開発したテーマ・カフェ「Belgian Beer Café」をご存知でしょうか。ベルギー懐かしのビア・カフェ、エルミタージュ(1920年代、30年代)を再現すべく、プロの建築家やインテリアデザイナー達が各地の蚤の市や廃材業者を歩き回り、本物の古い建造物の一部やストーブなどのオブジェを集め、それらを模した新しい建材やインテリアで再現していったのが始まり。Irish Pubのベルギー版と言いたいところですが、関係者は違うと怒るかも。このテーマカフェは世界各地で成功。特に、アメリカ、オーストラリアやニュージーランドでは大当たり。日本には(注5)大阪淀橋のバレルを始めとして、東京駅丸の内のアントワープ・セントラルなど現在4軒。この「Belgian Beer Café」、ベルギー国内には、「本物の」古くさいカフェがいくらでもあるのであまり作られていませんが、ザベンテン空港内に2店舗あるので、日本への行き来の際に覗いてみてはいかがでしょう?
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(注1)詳しく調べたい方は Pierre Celis, My Life (Raymond Billen著、Media marketing Communications)、 Great Beers of Belgium (Michael Jackson著、Media marketing Communications)などをご参照ください。
(注2)ABInbevとなって以降、De Kluisの看板は取り払われてしまっているかもしれません。実はこの角の右側に、Pieter Celis氏のお住まいがありました。
(注3)月火曜休み。ビジターセンターは夜8時まで。入場料もレストラン内で。詳しくは http://www.kouterhof.be/
(注4)ドイツのヴァイツエンビールは麦芽化した小麦を使用します。例の、純粋令があるので、麦芽化していない穀物は使用できないですから。
(注5)詳しくは http://www.belgianbeercafe.jp/html/bbc.html
<在ベルギー日本人会会報 2009年5月号掲載>